「GISとGPS」(インタビュー記事)


有川正俊(東京大学空間情報科学研究センター助教授)
(インタビュー記事;月刊誌『新建築』の6月号、シリーズ「環境とデザイン」


-- GIS,GPSといった地図情報・位置情報技術の進展についてお話をお聞かせ下さい. GISは,Geographic Information Systemsの略で,地理情報を扱うシス テム=一種のソフトウエアです.GPSは,Global Positioning Systemの略で, 全地球測位システムと訳しますが,簡単にいえば位置を特定してくれるセンサー で,時間を特定してくれる時計と同じようなものです.略語は似ていますが, 実は全然違うものです.

「GISとは何か」

GISは,もともと,1960年代にカナダ全土を管理するために出来たといわれて います.カナダは国土が広大で,紙の地図を広げて人間のアタマで理解できる 限界を超えてしまった.言い換えれば,紙の地図による管理の破綻が原因とい われています.そのころは,衛星を使うのではなく,航空写真から地図をつく り,土地利用,植生,動物分布,水源分布をメッシュ情報やベクトル情報に落 としていました.当時の衛星写真の精度は,1ピクセルが数百mというもので したから,使い物にはならなかった.GISに衛星写真が本格的に使われるよう になったのは1990年代で,以後,この分野は相当進化しました.つまり,GIS というのは,測量技術の進歩の延長上にあるのです. ただ,GISといっても実はかなり分野が広く,用途も多様です.イラク戦争で 使われた衛星写真技術とリアルタイム3次元CGの融合システムもあれば,カー ナビも,施設管理も,都市計画意思決定システムも,農作物の作付け計画シス テムもあります.GISは大きく2つの種類に分けられます.1つは空間統計解析 システムで,もう一つは施設管理システムです.空間統計解析システムの例と しては,エリアマーケティングのための分布図のような解析があります. もうひとつの代表的な例としては,施設配置があります.たとえば病院の配置 計画で,10分以内に行ける病院はいくつあるかと調べると,A地点では4つあ るのにB地点ではひとつもないといったことが分かったりするのです.そうし た立地に対する不平等を平均化するシステムとして使われます.それは大きな 用途なので都市計画ではよく使われます. GISのもうひとつ種類は,施設管理システムであり,実はCADがオリジンだ といわれているんですよ.建築のCADが,施設範囲を超えてより広域を扱う ようになったものなのです.たとえば,ガス会社,電力会社,電話会社のそれ ぞれの設備管理システムなどです.GISの分野では施設管理システムといって も建築とはちょっと違って,都市全体や全国に散らばっている施設やネット ワークの管理を意味します.また,GISデータは,CADデータと違って,データ は点と線でありボリュームをもっては表されません. ただ,最近は,自治体の都市計画図のデータを1/1,000や1/500レベルでそろえ ようという動きも出てきました.そのデータを誰でも使えるようにするために 国土地理院が音頭をとって統一的な枠組みを作ろうという話はありますが,基 本的には各自治体ベースですので,多様性があり,統一は難しいと思っていま す.上述のGISは実はみな独立したシステムで,要はバラバラなのです.つま りそれぞれに特化しているため,それらを統合しようといっても,費用対効果 を考えると困難ではないかと思っています.でも,もし大縮尺の地図データを 一般市民が簡単に利用できる環境がそろうと,その意味は大きいと思います. カーナビなど消費者向けに位置情報を使ったサービスに従事している人たちは, 自分たちはGISをやっているとは思っていなくて,むしろLBS=Location-Based Services(位置情報サービス)に近い分野だと思います.これは,たとえば渋谷 駅に着いたら東急百貨店のチラシが携帯に入ってくるといったサービス例です.

「GPSの可能性」

GPSはGISのひとつの入力デバイスとして使えます.現時点でGISにとってGPS は大変有力なツールですが,ただ,今後どうなるかはわかりません.というの も,たとえば街中にさまざまな発信拠点が出来たりすれば,測位方法も変わっ たりするからです.たとえばブルートゥースで位置情報がわかるようになるか もしれませんからね.マッピングされた情報をインターネットでボトムアップ に集約して日本地図をつくるというようなことを考える人が出てきましたが, それらはごく最近出来るようになった枠組みです.GPSが普及する以前は,光 学系の測量をしていたり,航空写真を撮って人手でプロットして位置情報を作 成しており,位置情報を作ることは普通の人にはできっこないことです.とこ ろが,最近は位置情報がきわめて安いコストでかつ簡単につなげられるように なってきました.これは「位置情報の大衆化」といえるかもしれません.ただ, こうしたツールを一般の人が手にするようになると,空間の使い方が変わって くるように思うのです.私たちの時間の使い方だって時計の普及で大きく変わ っているわけですよね.同じような期待があります.ユビキタスネットワーク 系で位置情報を重要視している方もいるのですが,彼らは一般的に屋内を考え ている人が多いですね.その場合は,一般に,RFIDといったセンサーが室内 に取り付けられていて,近くを通ると反応する仕掛けです.そのセンサーをた くさん取り付けることで位置がわかるというものです.ですから,位置情報と いっても僕たちが扱っているものとはまったく違います.GPSのよいところは, 世界中どこでもデータが取れることです.携帯電話でもその機能を搭載したも のがでてきました.ただ,室内では取れないし,空がきちんとあいていないと 衛星をきちんとつかめないので精度を出せません.位置情報に関しては期待さ れている方が多いのですが,ほとんどの方が精度が高く,安定して位置情報が 取得できると思っているようです.実際には,今の段階ではそれほど高い精度 を安定して供給はできないのが現状です.したがって現在の携帯のサービスは その精度で粗がでないものまでです.たとえば,表示の地図の縮尺もあまり拡 大できないでしょう?拡大すると粗がでるからです. 一方,カーナビですが,車道って建物から歩道よりも離れていますよね.です から空がひらけていて衛星がつかみやすい.また,車はある程度高速に動くの で,位置精度が粗くても大丈夫なんです.カーナビが成功しているのは,GPS の精度が悪くても大丈夫なアプリケーションをきちんとつくっているからです. また,マップマッチングという技術が位置情報の精度を上げています. GPS だけだとずれるのですが,ある一定時間を考えるとほぼ同じ方向に同じだけず れています.たとえば,いつも北東の方向に10mずれるといったずれ方なので す.車は道路の上しか走らないので,平行にずれた車の軌跡と合うかたちの 道路を探せばよいのです.これがマップマッチングです.これにより,位置精 度はかなり向上します.そして,GPSケータイで一番の問題であるバッテリー も,車の場合は発電機を持っているので心配はありません.トンネルなどGPS が使えない場所では,地磁気を何本切ったか,あるいは,タイヤの回転数から, 移動距離と方向を算出でき,実際のシステムではいくつかの位置センサーのサ ブシステムのコンビネーションで全体の安定性を確保しています.こうした条 件と制御技術によってカーナビの高い精度は保証されているのです.

「10年後のGPSで何ができるか」

人のナビゲーションシステムに関しては,人が歩道の上を歩くといっても,ま っすぐ歩くわけではないので,現在のカーナビの地図のように道路を,線で近 似させるのではなく,面で扱うといった別の技術を開発していかなくてはいけ なくなるでしょう.さらに,通信スピードやバッテリー,対応するソフトの進 歩があったときに,新しい位置情報サービスが段階的に可能になってくるでし ょう.現在でも,測量向けの高価なGPSを使えば2〜3cmの誤差でリアルタイ ムで位置を測定できます.この高精度なGPSが携帯電話に載る日も決して遠く ないと思っています.10年以内にはそういう日が来るものと思います.それが 出来れば,今自分がどこにいるかがきわめて正確にわかるので,われわれが歩 くのを誘導してくれる,気の利いたボイスナビゲーションも可能になるでしょ う.もっとすごいのは,たとえば誤差が1cm以下になってきたら,GPS付き携 帯電話で空中に図形を描けば,そのデータで3次元モデリングが出来るように なる.空中に描いた図形の位置データをGPSが拾えるからです.そのデータを 自分のパソコンに取り込んで,デザインが出来るようになるでしょう.今でも 大型の専門機器でしたらそれが可能です.たとえば,消火栓の位置などはその 上でGPSのボタンをピッと押せば瞬時にデータが取れるようにはなっています. 航空測量では,消火栓の上に光る材料を貼り付けて上から撮っていたんですよ. それから比べれば長足の進歩だといえます. 僕は,位置情報の個人履歴を日記代わりにストックすることが出来るようにな ったら面白いなと思っています.自分史というか,これまでは,日記と写真, ビデオでしたが,これに行動記録のデータが加わったら楽しいなあと思ってい るのです.たぶんこれらはすぐに一体になるでしょうから,自分の記録という もののデータベースも変えてしまえる可能性だってあると思っています.一方, 健康管理にも使えるかもしれない.たとえば「あなた,今日はこれしか歩いて いませんよ」とかアナウンスされたりする(笑).僕はそういったことがブレ イクしたらいいなと思っています.

「21世紀の日本地図」

「測地2000」というものをご存じですか.日本は明治時代に三角点や水準点を 決めましたが,当時の測量機器や測量技術の制約もあって,古い座標系と新し い座標系は約数百mずれているのです.当時は地球全体で座標軸を取っていな くて,星を見て各国ごとに座標系をつくっていました.ところが今日では,地 球自体もゆがんでいることがわかってきています.たとえば,私たちはおもり を付けた糸を垂らして鉛直を出しますが,その場所の重力の中心方向と地球の 中心は一致していないのです.重力にもゆがみがあるからです.そういうこと がわかってきた.このままでは上述のような理由からますますひどいことにな っていってしまうので,国土地理院が日本の座標系を,2001年に世界統一の座 標系に切り替えたのです.これで,まず一等三角点の値を書き換えました.そ して地図の座標の変換式もインターネットなどで提供されているので,それを 使えば昔の位置情報はすべて新しい座標系に対応するようになります.それと 並行して衛星を使った電子基準点というものを全国に約1,000箇所に置いてい ます.それを置いた理由は,GPSを使った新しい世界座標系の基準点の三角網 を作ることと,地震予測などのために地盤変動の監視を行うためで,たとえば, 阪神淡路大震災で神戸が数メートルずれた,三宅島が動いたとか,が分かりま す.この国は地盤がよく動く国なんです.つまり,測地2000では,座標系の 違い以外に,明治時代から地盤も各地で数メートル動いているので,そのずれ もこの機会にクリアした訳です.だから,基準点といっても実は基準にならな いといってもいい.地球全体の座標系から自分たちの位置を割り出しておかな いとどうにもならないのです.電子基準点というのはきわめて精度の高い値を 持っています.ところでGPSというのは,後処理で時間を掛ければ精度は数ミ リメートル以下まで大きく上がるんですよ.リアルタイムのGPSと違うパラメ ータで操作させるわけです.また,電子基準点の三角網はすでに民間に公開さ れていて,これを利用したGPSが携帯で利用できるようになると,先ほどお話 しした数センチメートルの精度の位置情報が使えるようになるのです.また, 新しい世界座標系を使うと,日本だけでなく,世界中どこでも,同じGISが利 用できるという,位置を使ったソフトウェアのグローバル化を実現できます. 参考: 「世界測地系移行の概要」, 国土交通省 国土地理院、 "http://www.gsi.go.jp/LAW/G2000/g2000.htm"